患者さん、お客さん、田中さん

 「あの、院長。私たちはうちにいらしていただいている方達を総称して【お客さん】と言ってますよね。僕の友達が働いているところでは【うちの患者でヘルニアの人がさ】とか話しているのを聞くのですが、その辺ってどうなんでしょう?呼び方に対する考えとかあるのですか?」

 「ああ、その辺ね、それもなんというか正解の無い世界だと思うけど、僕の基本的な考え方としては、個人の方を指す場合は、例えば【田中さん】、全体的なうちのサービスを受けにいらしている方達は【お客さん】と言いたいと思っているんだ。半分くらいはニュアンス的なことだけどね。」

 「ちなみにどうしてそうなんでしょうか?」

 「うん、まずは、【患者】という言葉と【お客】という言葉で言うとね、僕の感じとしては【わずらっている者】と【私の大切な客人】という感覚なんだよね。だからさ、なんか【患者】を使うのはあんまり好きじゃない。感覚だけど。もちろん逆に【私が治してあげるべき人】という意味で【患者】が良くて、【お金を払ってくれる人】という感覚で【お客】を使うのが嫌な人もいると思う。だからどっちも正解だと思うんだけどね。」

 「同じ言葉でも取り方によってずいぶん違いますね。」

 「だよね。僕は【私が治してあげるべき人】という感覚もあまり合わなくてね。というのはどうも目線が上からになっちゃう気がしてね。そうじゃなくても、そう言うと上からになっちゃう気がするんだよね。私【治す人】、あなた【治してもらう人】みたいなね。それもあって【お客】という言葉を選んでいるよ。」

 「なかなか考えがあるんですね。」

 「うん。あとはね、【患者】でも【お客】でも呼び捨てと、【さん】付けと、【様】をつける場合があるよね。つまり【患者】【 患者さん】【患者様】【客】【お客さん】【お客様】ってことね。これで言うともう呼び捨てはありえないわけだよ。僕の感覚としては。スタッフ間で話していたって【うちの患者が】とか【うちの客でさ】なんて言うことはありえない。ちょっと世界が違い過ぎて理解のおよばないところなので特に触れないけど、【さん】か【様】かで言うと、これはまあ場合や相手にもよるわけだけど、僕の好みとしては【さん】だね。」

 「呼び捨てはないですよね。僕にもないです。【さん】と【様】で【さん】を選ぶのはなんでなんですか?」

 「まあこれも感覚的なことだけどさ、やっぱり【様】だと丁寧すぎてちょっと先方との距離が遠すぎちゃう感じがするんだよね。【さん】だと親密に感じるんだよ。なんというか僕の感覚だと【田中様、ご案内いたします。こちらにどうぞ】ってやるとちょっとなんというか【執事かっ!】って言いたくなる感じかな。いや、その方がいい場合もあるんだけど、多くの場合が【田中さん、ご案内しますね。こちらになります】のほうがしっくりくる。んー、やっぱり僕の個人的な好みだな。ほぼ。」

 「でもなんとなく言いたいことはわかります。近すぎず、遠すぎずで親しみのある感じ。ってニュアンスでしょうか。」

 「うんうん、【ホテルのきちんとした対応】よりも【旅館の女将の”わかってる”感じの対応】が好きなんだよね。好み的に。」

 「あ、その”わかってる”って感覚いいですね。もうそれは【間合いの達人】みたいな感覚。」

 「そうそう、さすが、そんな感じだよ。後はさ、できるだけ今目の前にいる方に対しては【お客さん】とか【お客様】とか言いたくないのだよね。つまり【田中さん】って呼びたいってことなんだけど。」

 「んー、確かにスタッフみんなにお名前で呼ぶようにさせてますね。」

 「そう、だって1人1人違う方だもんね。今、目の前にいるその方のお名前がわかっているわけだから、わざわざ【お客さん】なんて言うことないわけじゃない。例えばさ、道でいつもよく行く美容院の店員さんに【あー、お客さんこんにちは〜】って声をかけられるのと【あー、田中さんこんにちは〜】って声をかけられるのだったら【田中さん】のほうがいいよね?」

 「それは間違いなくそうですね。」

 「なので、せっかく全ての方のお名前を把握できているわけだからちゃんとお名前で呼ぼう、っていうことになっているのさ。そうそう、【パッチアダムス】って映画見た?」

 「あ、聞いたことあると思いますが見てはいないですね。」

 「実在するお医者さんがモデルの映画なんだけどね、人情味溢れるアダムスさんが主人公なわけだ。で、そのアダムスさんが自分のインターンで行っている病院でね、偉ぶった教授の回診中、教授が【そこのがん患者の様子はどうだ?】って聞くわけ、それに対するアダムスさんの返事が好きでね【がん患者なんて人はいません、ここにいるのはマーガレットさんです】って言うんだよね。ちと彼女の本当の役名は忘れたけど。」

 「あー、不器用ながらも真っ直ぐ生きる人なんですね。」

 「まあそう簡単に言われちゃうとなんだかガックリくるけど、まあそう言えばそうか。ま、とにかくアダムスさんは病院に入院している人と同じ立ち位置にいて、大切な友人に対してできるだけのことをしたい。という気持ちで病気になった人と向き合っているんだよ。僕はそういう風でありたいと思ったな。」

 「その映画見たくなりました。」

 「見たらいいよ。実はこれ、僕が前にマッサージ師として務めていた院でね、同僚に【伊澤さんはパッチアダムスになれるね】って言われたことがあってさ、そのときは知らなかったんだけど、それで知ってね。見てみたんだ。そしたらとっても素敵な人だったものだから僕は嬉しくなってしまったよ。きっと僕はそのアダムスさんと同じような考えを持っていたからその同僚の彼は僕はアダムスさんみたいになれる、って思ったんだろうね。」

 「そうかあ、いろいろなことがあっていらっしゃる方への呼び方、考えてるんですね。わかりました。なんとなく内側がわかってすっきりしました。ありがとうございます。」

 「うん、念の為改めて言うけど、こういうことに正解はない。いや、ほとんどどんなことにも唯一の正解なんて無いことが多い。沢山の答えがあって、自分はそのどれを選んでいくのか、ということだと思うんだ。だから僕の考えだけに縛られずに自分でいろいろ考えてみて欲しいね。自分だけの【解】を積み重ねて自分の仕事を作っていくものだと思うよ。」

 「なんだかいいこと言いましたね。」

 「いつもだってばよー。あ!もう一個あった。あのさ、僕はね、学生さんとか、ずっと年下の方でも【見くびらない】対応をしようとも思っているんだ。」

 「お、まだあるんですね。」

 「思い出したんだよ。そのつまりさ、【あー、さとちゃん、いつも部活大変だよねー。へー、そうなんだあ】とはしたくなくて、ちゃんと一人前に扱って差し上げたいと思っていると、まあそういうことを簡単につけたしておこう。」

 「わかりました。若いからって見くびらないほうがいい、と覚えておきたいと思います。」

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